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・竜児 大河
・二人の気持ち
いつもと同じ、いつもの帰り道。隣にはいつもと同じ、手乗りタイガー。
冬が近づいて来ているせいで最近はめっきり寒くなってしまった。この時期は陽は直ぐに落ちてしまうから今は夕焼け。
二人分の長く伸びた影。
片方は普通の長さ。もう片方はけっこう小さめ。
そんな影を見て、大河はポツリと呟く。
「…疑問に思ってることがあるの」
「おう、なんだ?」
「アンタは…そういえば、私が小さくても、気にしないわよね」
「…おう、何を今更」
「私の…その、胸が小さくても、気にしなかった。むしろフォローしてくれたし」
「胸の小ささなんか気にするかよ」
「どれだけ文句を言っても、ワガママを言っても、…許してくれる」
「まあ、…な」
竜児は苦笑いをする。それだけで持ち前の三白眼が怪しく光るが、そんなこと大河は気にしない。
大半の人間はこの目を見ただけで怯え、竦み、逃げ出すのだろう。
だが大河には分かる。この目は優しい目。どんなことをしても逢坂大河という人間を、偏見もなくそのまま見ていてくれる目。
だからこそ、分からない。
どうしてこの目が自分に向けられるのかが。もっとふさわしい人間は他にもたくさんいるはずだろう。
そんなことがこみ上げてきて、つい聞いてしまう。
「どうして?」
と。
それを聞いて竜児はマフラーに口を埋める。不機嫌になったのではない。ちょっと嬉しくなってしまったのだ。
「この少女は自分の考えていることと全く同じことを考えている」と、そう分かって。
だからこそ、その問いの答えは決まっていた。
「お前が、逢坂大河だからだよ」
と。
きっと、人はそんなに簡単に分かり合えない。
外見。性格。生活スタイル。宗教。人種。信念。心情。
どれもが同じ人間なんて存在しない。だからこそ、人は争う。
竜児は、その最たるものをずっと味わってきた。
外見でいくつもの誤解を受け、多くの人間が竜児という個人を知ろうともせず避けた。
あの北村だって最初は竜児を勘違いしていた。
櫛枝実乃梨だって何度か顔を合わせていたはずなのだが、話しかけてくれたのは最近だった。
要するに、いきなり仲良く、なんてことは絶対にありえなかったのだ。
それはだんだん竜児にとっても当たり前になり、「慣れ」ていった。
だから逢坂大河に、惹かれた。
自分を全く怖がらない。夜襲もかけてくる。竜児の出したものを疑わず食べ、仲間だと認めてくれて、恋の相談もしてくれた。
櫛枝実乃梨が好きだと知っても、変な趣味をバラしても…高須竜児という個人を見てくれた。
竜児の、誰もが恐れるはずの目を見て、ちゃんと目を合わせて、「おかわり!」と要求してくる。
それは、「慣れ」ていたはずの、傷をごまかしていた自分の、…ずっと求めていたものだった。
「お前はこんな目を持ってる俺を、高須竜児として見てくれた。
お前はそんないい奴なんだ。背が低いとか、胸が小さいとか、ワガママとか。
それを全部ひっくるめて、お前なんだよ。
…全部ひっくるめて、一緒にいて安心するんだ」
「…っ」
大河はなにかを言おうとしてやめ、俯いてマフラーに顔を埋めてしまった。
竜児も同じ気持ちだったんだ、とひとりごちて。
きっと、人はそんなに簡単に分かり合えない。
でも、だからこそ、人は他人を求める。
すれ違い。勘違い。いくつの間違いを起こしても。
……それでも、傍に居たいと、思う人がいるから。
大河は、竜児と居たいと思うから。
手を伸ばし、竜児の指と、自分の指を絡ませる。
竜児は驚いたが…耳まで赤くして、俯いている大河が出した、素直な気持ち。
それがなんだか嬉しくって、くすぐったくって。
そっぽを向いてしまうが、手はしっかりと握り返して。
真っ赤な夕焼けの中、並んで歩いているのに、そっぽを向いている二人。
でも、たとえ違う方を向いていても。
二人の影は手の部分でしっかりと繋がっていて。
心の距離も少し近くなって。
二人の顔は、夕焼けよりも真っ赤になっていた。
end