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・竜児 大河 泰子 犬
・動物のほほん系
夏休みのある日の夕方。『それ』は竜児の家に突然やってきた。
「竜ちゃ~ん、この子ね、やっちゃんのお店のお友達から預かってきたの。
お友達が一泊二日でお泊りにいっちゃったからぁ~、その間お願いって~」
そう言う泰子が連れているのは、りっぱな柴犬。
しっかりと躾がしてあるのであろう、全く吠える様子も無く、すごくおとなしい。
いやしかしそういう問題ではなくて……。
「…うち、ペット禁制だろ。大家に見つかったら大変だぞ」
「だぁ~いじょうぶ! この子たまにお店にも連れて来られるんだけどぉ~、一回も吠えたことないの!
だから見つからないってぇ~」
…そういう問題か?
まあ吠えないのなら問題はないだろう。一泊二日で旅行に行っているのなら一日預かればいいだけだろうからそんなに苦でもないだろうし。
何より、こんなつぶらな瞳でじっと見られていると、断るのになにか罪悪感が…。
なぜ「生きていてすみません」と言いたくなってくるんだ、汚れた大人になった気分だぜ…。
「そうだな、それなら一泊くらいなら大丈夫だろ。 それより餌とトイレはどうするんだ?」
動物を飼う上で大切なのは餌とトイレだ。
インコちゃんには専用の餌が市販であるし、トイレも小屋の中でしてくれるからいいのだが、どうにも犬のことは分からない。
玉葱とチョコレートは毒らしいから、それに気をつければいいのだろうか。
「餌はね~、ドッグフード貰ってきたから大丈夫だよ~。おトイレはお散歩のときにお外でしちゃうだけでいいみたい~」
「随分楽なんだな、それだけでいいのか」
「うん~、ヴァルヴァジアは賢いもんねぇ~」
そう言いながら犬の頭をワシャワシャと撫でる泰子。犬もまんざらではないようで、目を細め、大人しくなすがままにされている。
……ておい。ちょっと待て。ヴァルヴァジアって犬の名前か? どう考えても犬につける名前ではないだろ。
どっかの神話に出てきたような気がするが、少なくとも犬では無かったはずだ。 …飼い主は何を考えているんだ。
それともこれが今流行の、騎士と書いてナイトと読ませちゃうようなトンデモネームの氷山の一角なのか?
「ヴァルヴァルは可愛いね~」
「……」
ま、泰子が楽しそうだし名前なんかどうでもいいか。
マザコン? それがどうした。
「明日の夕方まで預かるんだってぇ~、やっちゃんが出て行くとき一緒に連れて行くから、それまで一緒だよ~」
「おう、とりあえず散歩行って来い。その間に晩飯用意しとくから」
「は~い、いくよおヴァルヴァル~」
そう言って泰子は散歩に出て行く。ヴァルヴァルも泰子の横にしっかりくっついて行くので、本当に躾がなっている犬なんだろう。
そういえば、犬は飼われている家族をグループとみなして順位をつける、と言うのを聞いたことがあるな。
犬が言うことを聞かないと言うのは、その人間を下にみて、王様気分でいるかららしい。
ガチャガチャ。バタンッ。
扉を思いっきり開けて。
「りゅうじ! 飯!」
…こんなことを言いながら、入ってくる奴のように。
***
「はあ? 犬ぅ~?」
犬を預かっていると聞いて思いっきり顔をしかめているのは、逢坂大河。通称『手乗りタイガー』。
容姿はありえないほど可愛いのだが、何回見てもそのしかめっ面はどうかと思うぞ大河…。
「確かに、少し嗅ぎ慣れない匂いがするわね。ちっ…テリトリーを荒らされた動物って、こんな気分なのかしら」
そう言いながらいつものように専用の座布団を二つ折りにし、それを枕にオッサンよろしく寝そべりテレビを見始める。
どうにも可愛い外見とその行動が合ってないんだよなあ、と思い竜児も笑って。
「……お前はどんな嗅覚をしてるんだよ」
「うっさいわね、それより早くご飯作ってよ。お腹空いた」
「分かってるって。ちなみに、今日はなんとスペシャルメニューだ!」
大河の体がピクッと反応する。食に関してもものすごく獰猛な大河のことだ、その頭は間違いなく肉で一杯に違いない。
普段は栄養のこともあるからなかなか肉は出さないが、今日は本当に特別なのだ。
「…もったいぶらないで言いなさいよ、今日は何なのよ」
「今日はな…。なんと、神戸産のお牛様のステーキだ!」
「なっ!なんですって!あ、アンタの家にそんな豪華なもんを買えるだけの貯えなんてないはずっ…!?」
「…お前さりげなく失礼なこと言うな。」
「本当のことでしょーが」
…まあ、うちの金銭事情を泰子よりも知ってる大河に奴に言われては、反論のしようもないんだが。
「とにかくだな、これはヴァルヴァルを預かるということで頂いた、飼い主さんからの豪華な気遣いだ」
「……ヴァルヴァル? なにそれおいしいの?」
「なんでも食に繋げて置き換えるんじゃありません。
…さっき言った犬だよ、ヴァルヴァジアって名前らしいから、あだ名がヴァルヴァル」
「…センスの欠片も感じられない名前ね」
「……」
…それも、反論できない。
「それより、味付けはどうするべきかだな。こんないい肉焼いたことないからどうすればいいか分からないんだが」
「そういうのって塩コショウだけのほうがいいんじゃない? シンプルイズザベストって言うし」
「そんなもんなのか?」
「知らないわよ、私だってそんないい肉最後に食べたのいつだか覚えてないもん」
確かに肉自体にそんな味はつけないほうがいいかもしれない。
代わりにタレを何種類か用意して、ご飯もいつもより食べそうだから6合ほど炊いておくか。
そんなことを考えながら竜児はテキパキと用意を始めていった。
***
「おいしいねぇ~! やっちゃんこんなおいしいお肉初めて食べたよぉ~」
「…っ! なんだこれ、すごくうまいぞ! 口の中でとろけるってこんな感じなのか!!」
「うっふぁいふぁね、静かに食べなふぁいふぉ」
「……まずそのハムスターのような頬袋をどうにかしてから喋ってくれ」
「おいふぃー」
「……」
文句を言いながら、口を高級お肉とご飯でパンパンにしながら。大河の顔は今まで見たどの笑顔よりも、幸せそうな顔をしていた。
…なぜだろう、肉相手にとんでもなく敗北感を味わったような気がしたが、まぁ気のせいだ。
泰子とヴァルヴァルが帰ってきてから、さっそく晩飯が始まった。
肉は焼きたてが一番美味いからと思って空腹を我慢して泰子を待っていたのだが、どうやら正解だったようだ。
大河も泰子も満足そうな顔で食べている、なんと言うかまあ…平和だ。
「あ、そうだ、ヴァルヴァルにもドックフードあげないとな」
今日はヴァルヴァルもいるんだった、と思い出し餌をあげようと近づくと。
「う”-…」
「………うおうっ」
ヴァルヴァルが低く唸っていた。ジッと大河を睨みながら。
…さすがと言うか、犬にも大河が隠し持っている猛獣のようなオーラが分かるのだろうか。
やっぱり大河は、動物からしても危険物として扱われるのか、ある意味なんて不憫な奴なんだ…。
そんなことを考えていると、大河もヴァルヴァルの様子に気づいたのだろう、ヴァルヴァルをジッと見ていた。
そしてまるで勝ち誇った顔をして。
「ふんっ。犬風情が何こっち見て肉欲しがってんのよ。お前にはドックフードあんでしょ。
まーでも可哀想だわ、こんな素晴らしい食べ物も食べられないなんて。あーおいふぃい」
そう言って見せ付けるように肉を頬張る大河。
ヴァルヴァルに人間の言葉が分かるかは分からないが、大河にバカにされたのはわかったのだろう。
立ち上がり、唸りながら、ゆっくり大河に近づいていく。
「……なによ、なんか文句あんの?」
「大河止めろって。ヴァルヴァル怒ってるじゃないか」
「うっさいわね、その犬が喧嘩売ってきてんのよ。売られたら買うのが義理と人情でしょうが」
「…お前はどこの任侠者だよ。それより本当に止めろって。大家にバレたら、」
「あーもううっさい! こんなおいしい物を食べてる時くらい黙って―――」
「「!」」
まさに、一瞬だった。
ヴァルヴァルが大河に飛び掛ったと思うと、その箸の先にあった肉だけを上手く掻っ攫っていった。
そして今は、悠然と大河を見ながら戦利品を噛み締めている。
「……やってくれたわね、私の大切な肉をよくも…」
「た、大河落ち着け! 肉ならまだいくらでもあるだろ!」
「……だまれカス。その小汚い毛玉は、私の物に、手を出したのよ。犬のくせに、あろうことか神戸牛を口にしたのよ」
「う”う”う”う”う”-…」
これは本当にマズい。喧嘩になって大河が怪我をするとか、ヴァルヴァルが食われないか心配とか、そんなもんじゃない。
なんたってうちはペット禁制なのだ。大家に見つかったらヴァルヴァルが追い出されてしまう。
それなのに当のヴァルヴァルは大河に唸り続けているし、大河もユラリ、と立ち上がりゆっくりとヴァルヴァルとの距離を詰めているし。
あれだけ大人しかったヴァルヴァルが唸っているのを見て、泰子も困ったように慌てている。
「ヴァルヴァルだめぇ~! 吠えたら見つかっちゃうよぉ~!」
「泰子非難しとけ! こいつらが暴れたらお前が危ない!」
泰子の仕事の都合上、肌に傷を負うのはよろしくない。
今や二匹とも爪が生えた凶暴な生物なのだ、そんなので引っかかれたらバイキンが入ってしまうかもしれないし。
「う”-…う”-…」
「……食い物の恨みは深いわよ…」
ジリ…ジリ…
まさに一触即発。
獣と獣のにらみ合い。
…いざとなったら、自分がこの中に入って仲裁しなければならないのだろう。なぜこんなことに…。
「やったるわーーー!」
飛び掛る大河。
「グルゥゥゥ!!ヴァウーー!」
応戦して噛み付こうとするヴァルヴァル。
「ああもう!落ち着けお前らー!!」
本当に、なぜ…こんなことに……。
***
「本当にすみませんでした!」
「全く犬なんか連れ入れて…こんなことは金輪際無いようににしてくださいよ。
それに、最近あなたの家、すごく騒音が目立ちますし…恋人が来てて楽しいのは分かるけど、ほどほどにね」
「恋びっ…!私そんなんじゃ――…っ!んむー!」
とりあえず大河の口を手で塞いでおく。ここで大家の機嫌を損ねてどうするんだ。
「はいすいません!次からは無いようにします!」
「それじゃあね。…あと、犬は連れ出しといてくださいよ」
そう言って玄関から出て行く大家。
あんなことがあったのになんとか追い出されずに済んで本当によかった……。
……あの後大河とヴァルヴァルの間に入った竜児は、腕をヴァルヴァルに噛まれ、顔を大河にひっかかれた。
それだけで収まれば良かったのだが…どうにもヴァルヴァルの気は収まらなかったようで、大河に向かって吠え続け、
噛み付こうとしていたので、しょうがなく暴れる大河を抱きかかえ、テーブルを中心にグルグルとヴァルヴァルと追いかけっこをしたのだった。
まったく…。泰子が近くのコンビニでヴァルヴァルのオヤツを買ってきてくれなければ今頃どうなっていたか…。
「…んむー」
「お、おう。そういえば手離すの忘れてた…。悪かったな」
そう言って手を離す。が、大河は全く動かず腕を組み仁王立ちのポーズのままだった。
「大河、どうした?」
「…」
「お、おい…大丈夫か?」
まさか酸欠で頭がクラクラしてるとか? そう考えたがどうやら違うようだ。
大河の背中からは『ゴゴゴゴゴゴ…』という擬音が発せられている。 今にも、時を止めちゃうような、そんな何かが出てきそうな雰囲気。
「わ…、わ…、わ……、わわわわ…私と、アッ、アンタが、…恋人ですって……!?」
「おおうっ…って、そんなことそんなことかよ」
「そんなこと!? アンタそんなんでいいの!! 恋人ってつまり私たち付き合ってるってことに―――!」
「いいじゃねえか」
「……っな! …あ、アンタがいいなら私は別に…」
「いいじゃねえか、別に、何も知らない奴には言わせておけば。勘違いしてもしょうがねえだろ、毎日朝晩来てるんだし」
「……」
「そうだろ…っておい、どうした大河?」
顔を赤くしながらものすごいしかめっツラで睨んでくる大河。
「…別に」
「……そうか。熱でもあるかと思ったんだが。
…それにしても、お前、本当にそのしかめっツラ止めた方がいいぞ。せっかく可愛い顔してんだから」
「……っ!」
「…? おい、お前本当に熱あるんじゃないのか? 顔が真っ赤だぞ?」
「うるさいだまれ」
「そう言ったって…心配だろ」
「……っっ! 腐れ!そしてさっさとあの世に帰れ!」
「なんでそこまで言われなきゃいけないんだ!人がせっかく心配してやってんのに!」
「…帰る」
そう言って竜児の家を出て行こうとする大河。
普段は理不尽な怒りは放っておくに限るが、今日はそうはいかない。そうはいかない事情があるのだ。
「大河待てって!」
「…何よ」
「お前が暴れるのもいい。理不尽に怒るのも、まあいい。
…だが、これだけはどうにもならない。…今夜、ヴァルヴァルをお前の家においてやれ」
「なっ! 嫌よ!」
「しょうがないだろ! うちで匿えなくなったのは誰のせいだ?」
「その、バカ犬」
「責任を他人、もとい他犬に擦り付けるな」
「……」
同意も待たずに大河にヴァルヴァルの綱を握らせる。
ヴァルヴァルも自分がどうなるのか分かっているのか、こちらには寂しそうな目で、大河には唸っている。
だからそんな目で見るんじゃない、お前は売られていくパトラッシュか。今にもドナドナが聞こえてきそうだぞ。
「喧嘩をしたらオヤツをあげろ。臭いが気になるなら明日掃除してやるから」
「…ふんっ!」
バタン!
扉を勢いよく閉めて帰っていく。…ヴァルヴァル、捨てられなければいいが。
その後泰子を仕事に送り出し、散々散らかった部屋を全力で掃除し、風呂から上がったところで調度眠気に襲われた。
今日は散々だったからなあ、さっさと寝て、明日の朝は大河の飯ついでに様子を見に行ってやるか。
…さっきから向かいの家で「やんのかこらあー!」「ヴァウヴァウヴァウ!」などと聞こえるが気にしないでおく。
さすがにこれ以上は体がもたない…。
それに、大河ならヴァルヴァル相手に負けることも無いだろうし、ヴァルヴァルに重症を負わせることもしないだろう。
…たぶん。
まあ明日は、早めに様子を見に行ってやるか…と思い、7時に目覚ましをセットして眠りについた。
***
ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ…ピピ…
「…んあー」
まだ眠いが、セットした目覚ましを止めて起きる。
そうか、大河の様子を見に行くんだったな…。とりあえず顔を洗い、服を着替える。
自分の分と泰子の分と…大河の分。
すっかり慣れてしまった三人分の朝食を作りながら竜児は思う。いつの間に、こんなに慣れてしまったんだろうか。
前までは二人分だけでよかった朝食。いつの間にか加わった、放っておけないおかしな隣人。
まだ4ヶ月しか経っていないのに、それより昔からずっと一緒にいた気がする。
「メシー!」
「……そうだよな、インコちゃんもいたよな」
インコちゃんの餌を換えて新しい餌をあげる。
自分と、泰子と、大河と、インコちゃんと、ヴァルヴァル。すごく賑やかになったものだ。
……さ、そのうちの一人と一匹が隣で腹を空かせているだろう、さっさと持って行ってやらねば。
「泰子ー、朝飯は置いておくからなー。」
「んん~、竜ちゃんどこいくのぉ~?」
「大河んちー。昨日はきっとあまり眠れなかっただろうし、朝飯持って行ってやるからー」
「ふぁ~い。大河ちゃんとヴァルヴァルによろしくぅ~」
そう言ってまた眠りについてしまったのだろう、泰子の寝息が聞こえる。
また起こさないように玄関のドアをゆっくり閉めて、出て行った。
***
隣の大型分譲マンション。慣れた様に合鍵を使いオートロックを開け、エレベーターで着いた二階。
この階丸々全部が、大河の一人暮らし用に用意された家だった。
「大河ー、起きてるかー?」
大河が女の子で、さらに一人暮らしだろうと入ることに躊躇はしない。
と言うかそもそも、学校があった日は毎朝起こしに来させた奴に遠慮なんかしていられない。
まあ起きてるか、とは言ったものの実際は寝ているだろう。昨日のヴァルヴァルとの死闘で相当疲れていたはずだし。
だがしかしリビングで見たのは、
「…ハァ…ハァ…」
「う”-…」
目元にクマを作り、今にも倒れそうなほど衰弱しているのにけっしてヴァルヴァルから目をそらさない大河だった。
もはや家に入ってきた竜児に気づく様子も無く、ただひたすら睨み合っている。
喧嘩をしたらオヤツをあげろって言ったのに、人間様は犬なんかには媚を売らない、と言うことなのだろうか。
「ヴァルヴァル、ほら、オヤツだぞ」
とりあえず、まずはこの均衡状態を何とかしなければ。
「…? …りゅうじ? アンタ、なんで…ここにいんの…?」
「お前昨日からずっと睨み合ってたのかよ? もう朝だぞ」
「…なに、今何時…?」
「7時半だな。お前の分の朝飯持ってきたんだが…食えそうか?」
「……眠い」
「…だろうなあ。ほら、とりあえずこれでも飲んで落ち着け」
魔法瓶からコップに温かいお茶をそそぎ、それを大河に手渡してやる。
大河は目をショボショボさせながらもそれを両手で握り締め、ゆっくりと味わうように飲んでいた。
「…あったかい」
「おう。落ち着いただろ」
「…うん。…もうだめ、寝る」
そう呟き、まるで糸が切れたような操り人形のように倒れそうになる。
なんとか間一髪倒れる前に支えることが出来たが、コップは落ち、お茶は床に零れてしまった。
「まったく、どこまでも危なっかしい奴だな…」
まあ、今はこの寝顔に免じて許してやろう。
黙っていればすごく可愛いくせに、凶暴な性格。でも、それが手乗りタイガー。それが、逢坂大河。
こんな奴だから放っておけないんだよなあ、と竜児はひとりごちる。
そして、安心しきったように眠る大河をお姫様抱っこで寝室まで連れて行き、ベッドの中に入れてやる。
リビングに戻るとヴァルヴァルも丸まって寝ていた。
お互い眠いのに引かなかったのは野生の底力だろうか。まったく…恐れ入る。
さてと、それじゃあ一人と一匹が起きるまで散らかったこの部屋の掃除でもするか。 気合を入れ掃除を始める。
今まで使う機会は無かったが、ついに高須七つ道具の出番かもしれないな、と思いつつ。
***
「……お腹すいた。ご飯…」
夕方になって大河はやっと起きてきた。
竜児は片付けが終わった後、暇でずっとテレビを見ていた。大画面テレビの迫力、すごい。と感心しながら。
昼飯も多目に持ってきた朝食で軽く済まし、大河が起きてくるまでずっと待っていた。
「おう、ちゃんとあるぞ。今温めるからちょっと待ってろ」
ご飯を温め、インスタント味噌汁を作り、おかずはシャケと目玉焼き。
それを大河の前に出してやっていると、お腹を空かせたのかヴァルヴァルも起き出してくる。
そうしてヴァルヴァルにもドックフードを出してやる。
「ヴァルヴァルともこれが最後の飯か、なんだかんだで寂しくなるな」
「…? なんで?」
「なんでってお前、この後泰子が仕事に行くときに連れて行くのでサヨナラって最初に言っといただろ。
…ま、お前はせいせいするだろうが」
「……そうね。でもま、短い間だったけど楽しかったわ」
「おう…昨日の敵は今日の友ってか」
「そんなもんよ。 …で、いつ頃連れてくの?」
「もうすぐだな。泰子は晩飯、ヴァルヴァルの飼い主の家で食べてくるらしいから少し早めに出るんだとさ」
「…そう」
それだけ聞くとあとは食べることに集中してしまう。
……それにしても意外だったな、大河が『楽しかった』なんて言うのは。
てっきりお牛様を食われた恨みで、代わりに焼いて食ってやろうか!なんて言うほど怒っているかと思っていたが。
そうして、その後食べ終わった食器を片付け、ヴァルヴァルを連れて大河の家を出る。
マンジョンから出ると、泰子は竜児たちを待っていてくれたのか、アパートの前で手を振っていた。
「それじゃ泰子、あとは頼む」
「りょ~かいっ。それじゃあ行って来るね~」
そう言って歩き出した泰子だったが、何故かヴァルヴァルはついて行かなかった。
「どうしたのヴァルヴァル~?」
「なんか、大河をジッと見ているような気がするが」
「なによ、まだやるっての」
「…止めとけよ、最後くらい」
「分かってるわよ」
紐を引かれてるのにも気にせず、ヴァルヴァルは大河に近づいていく。
そうして大河の足元まで来ると、お座りをして大河を見上げた。
「最後の、お別れだってさ」
「…うん」
大河はしゃがんでヴァルヴァルを撫でた。初めは緊張したように、次第に優しく。
ヴァルヴァルは目を細め、大人しくひとしきり撫でられたあと、大河の頬を一舐めし、泰子の元に戻っていった。
竜児と大河はじっとそちらを見ていて。
そうして、ヴァルヴァルは行ってしまった。
「行っちゃったな」
「……うん」
「少し、寂しくなるな」
「……、うん」
「最後、仲良くなれてよかったな」
「……」
「…大河?」
「りゅうじ、お腹すいた」
「お前さっき食ったばっかだろ!?」
「お腹すいた」
「……はいはい、それじゃあ家に戻って晩飯の準備するか」
そうして引き返した竜児だったが、何故か大河が気になって振り返ってしまった。――――だから、見ることができた。
…こいつは凶暴で、ワガママで、唯我独尊、天昇天下な手乗りタイガー。
でも本当は泣き虫で。寂しがりで。人前ではなかなかそれを見せないから勘違いされるけれども。
竜児は知っている。
竜児だけは、知っている。
大河は袖で目元をぬぐっていて。
いつまでもいつまでもジッと夕日を見つめていた。
そんな、大河を、他の誰もは見ることができなかった。
今日はまだ、竜児以外の、この世界の誰も。
end