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・竜児 大河 北村 春田 その他
・大河VS櫛枝
ジャイアントさらばーズ 1ー0 手乗りタイガース
9回裏の手乗りタイガースの攻撃、ツーアウト、ランナー1塁。
さよなら逆転のチャンス。
ピッチャー、櫛枝実乃梨。
打順は四番……逢坂大河。
「さあ永遠のライバル大河、決着をつけようじゃないか…。
私は、勝って高須きゅんにハグしてもらうんだっ!!」
「みのりん…悪いけど、…負けるわけにはいかないよ。
竜児は誰にも渡さない!! いざ、しょおーぶ!」
勝利特典…高須竜児からの、ハグ。
「おうっ…体育のはずが、…なんで、こんなことになってんだ……」
***
大河と櫛枝のあいだに流れる緊張感。さながら西部劇のガンマンの打ち合いのシーンのような。
唯一緊張感のない、櫛枝チームの春田が「俺、高っちゃんと抱き合いたくないよ~」とか言ってるが周りのメンバーは超本気。
声援も、喉が潰れるんじゃないかと思うほどの大声だし…。
一年間付き合ってきて、2-Cの連中がイベント好きなのは知っていたがここまでとは。
満を持して、櫛枝が一球目を…投げた。
ズバンッ。
「ストラ~イクッ!」
「……っ!」
さすがソフト部の部長をしているだけあって、櫛枝の球威はとんでもない。
ここまでずっと投げっぱなしのはずなのにその勢いは一回の時とさして変わらず、大河もさすがに驚いて振り損ねたようだ。
「逢坂がんばれ! 勝って俺を高須と抱き合わせてくれ!」
…おい、北村。
その発言はちょっとどうかと思うぞ。
「任せて北村くん! よっしゃあばっちこーい!!」
……。
しかし、まあ。
大河が自分のために頑張ってくれてると思うと、竜児も悪い気はしなかったのだった。
「味わえ大河…みのリリイリィィィィグボォォォーールッッ!」
櫛枝が二球目を、投げる。
いやもちろんただのストレートだ。
「見えるっ!私にも見えるわっ!」
ガギンッ。
バットの芯で打てなかったのか、鈍い音を立ててボールはあらぬ方向へ飛んでいく。
…飛距離だけは場外級なんだよなあ、すげえよ大河。
「ファ~ルッ!」
これでツーストライク、とうとう大河は追い詰められたわけか。
櫛枝のことだから、初心者の大河にボールや変化球は投げず直球勝負、なら次で決まるか…と竜児はひとりごちる。
「これでジ・エンドだぜ大河ぁぁぁぁあ!」
櫛枝の放った三球目が、これまで投げたどの球よりも早いスピードで大河に迫る。
「くっ!」
ガギンッ。
……決まると思った三級目は、見事な弧を描いて大河の後ろに飛んでいった。
「ファ~ルッ!」
―――それから、信じられないことが起こった。
20球以上連続でファールが続いたのだ。
単調なストレートだけとはいえ、櫛枝の球はそうとうな速さのはず。
それを捕らえられる動体視力と、振り遅れない反射神経を持っているのは、さすが大河と言うべきか。
「はあ、はあっ……おぬし、しぶといな…。
さすがおいどんのライバルたいっ!」
まさかここまで粘られると思っていなかったのだろう、常に全力投球だった櫛枝は多少肩が弾んでいた。
「でもこれで最後だぜい…食らえっ!108式みのりんボールっ!!」
櫛枝がもう何球目かも分からないボールを、投げた……と思った瞬間、
「おああ!?」
…見事にすっぽ抜け。
力のこもってない球は緩やかに大河の方に飛んでいく。
「みのりん、敗れたりっ!」
カッキーン。
これまでのファール音とは違う、きれいな反響音。
芯を捕らえて打たれたボールは右中間へとグングン飛距離を伸ばし……校舎の向こうに消えていった。
呆気にとられる櫛枝。
大河は悠々とバックホームを踏む。
「ごめんねみのりん、みのりんに勝つには正攻法じゃだめだと思ったからさ。
疲れるのを待ってたんだ」
「た、大河……。これがっ、若さゆえの過ちと言うものか…」
ガクッとうなだれる櫛枝。
「やったな逢坂、これで遠慮なく高須と抱き合えるぞ!
俺も楽しみだったんだ!」
北村……お前って奴は。病院に言った方がいいんじゃないのか…?
「さあ高須!存分に抱いてくれ!」
「……北村。……分かったよ…」
北村を軽く、本当に軽く抱きしめた一瞬のち、なんだか変な気分になって頬を染めてしまった。
北村の汗のにおいや髪のシャンプーのいいにおいが……。
って、俺はそういう趣味は断じてないぞ!
ただ、大河に同じようにハグをするのかと思うと、ちょっと嬉し恥ずかし…要は照れただけだ。
その大河は、仁王立ちでこちらを蔑んだ目で見ていた。
「あんた…そういう趣味あったんだ。
こっち近寄らないでよね、変なのがうつるでしょ。…あーキショい」
誤解を含んで。
「ち、違う!これは友情の確認だ!」
「そうだぞ逢坂、男同士の抱擁は友情を深めるんだ。
それに、次は逢坂の番だぞ。存分に愛情を深めるといい!」
眼鏡をクイッとしながら…北村は本当にそんな動作が似合うやつだ。
「な、なな何言ってんの北村くん!
私とこのクソ犬の間に愛情なんかないわっ、主従関係だけっ!
別にそんなこと期待してないしっっ!」
そういって、大河はこちらに背を向けてしまう。
その背からは、何も伝わってこない。
……今、大河はどんな顔をしてるんだろうか。どんなことを考えているんだろうか。
「ほほう、いいのかたいがぁ~。
それなら遠慮なくこの櫛枝めが高須くんに抱きつくぜえ~、みっのみのにしてやんぜえ~?」
「……」
いつの間にか復活した櫛枝の言葉にも動じない。
…さすが学校自慢の手乗りタイガー。筋金入りの頑固者だ。
櫛枝も北村も大河を説得するのは諦めたのか、顔を見合って肩をすくめていた。
そうして、
「高須、今日一番頑張ったのは誰だろうな」
「やっぱ頑張ったら、誰だってご褒美欲しいよねえー」
「……おう」
…作戦変更。
大河が動かないなら竜児を動かせ作戦、らしい。
もちろん竜児だって、どうすればいいか分かっている。
みんなが見ているから理性が働いているだけで。
本当はどうしたいか。
大河はどうしてほしいか。
きっと、この体は分かっている。その血が、肉が、細胞が。
大河とずっと一緒に居た、この体は分かっている。
正しい方へ導いてくれる。
竜児は大河へ向かって歩き出す。
いじっぱりな奴の背中へ向かって。
そして、
「……っ」
後ろからゆっくりと、大河を抱きしめる。
これからもずっと離さないように。
「大河。頑張ってくれて、ありがとう」
「……別に。あんたのためじゃ、ない」
―――大河は今、どんな顔をしているのだろうか。どんなことを考えているんだろうか。
……まだまだ大河のことは分かりきれないけれど。
誰かと誰かが分かり合えるなんて、永遠に無いかもしれないけど。
今だけはなんとなく、
しかめっつらで。
でも、この暖かい気持ちは共有できているような。
そんな気がした。
end